ひらめき至上主義。

ものを作る人は総じてそうかと思うのだけど、インスピレーションを
大事にする。理屈だけで話作ったり、絵を描いたり、作曲したりしても
大抵つまらないものしか出来ないので。

でもそれに頼るあまり手段が甘くなるとせっかくのひらめきが台無しになる。

ひらめきを得たら、ちょっと間を置いて、なぜそれが良いと思うのかを考える。
その良さを理屈付けしたら、次にどう表現したらその良さを最大限引き出せるかを
考える。
一番良いのはそれが何故良いのかを他人に説明することだ。
説明している間にひらめきが確信に変わる。
自分の中で体系化される。
さらに説明しやすくなる。

Zガンダム以降の富野アニメに足らないのはそこでないかと思う。
富野監督はあれこれ思いつくアイディアマンだけど、Z以前なら
スタッフになんでそうなるの?と説明を求められていたのではないかと。

ある程度実績を作った今は「監督のやることだからなんか意味があるのだろう」と
スタッフがよく判んないけどその通りやってしまう。
結果、よく判んないアイディアの羅列で終わる。

でもアイディア自体にはそれぞれ驚きがあるから、なんか得た様な気になる。
トミノカントク、スゲー!じゃなくて、そこは勿体ないと思えと。
聞けと。なんでそうなるのかを聞けと。

しかし集団作業の(金のかかる)仕事がそんな訳の判んない主導で進むのか、
と云う疑問はある。

せっかくの才能が空回りしてる感がある。

ひらめき至上主義。” への1件のコメント

  1. 近頃流行のビッグデータを活用して、このひらめきを数値化しようと云う向きもある。あらゆる事象は数値で表現出来るとする数学者ならでは。
    でも今のアプローチは、過去のヒット作を分解して、共通の要素を探ると云うもの。どうせ探るんなら分解するのは制作者の人生だろう。いつ初潮を迎えたとか、どんな大けがをしたか、とか。ひらめきの種はそういうところから生まれるのではなかろうか。

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