これ、後醍醐天皇が都を落ち延びるとき、この辺りで 道に迷った折、狐火の加護を得て奈良へ抜けられたと云う 故事が吉野拾遺という書物に書かれているのに、感銘を 受けたらしい大阪の実業家が碑を建立した、と云う由来書きにょ。