愚か者のエンドロール。

わたしの父は昭和ヒトケタで、わたしが食べ物の愚痴でも垂れようものなら、
食えるだけ有り難いと思え、と常々叱られとりました。

ご飯に梅干しひとつでも「お、ご馳走♥」とよだれを垂らす様な人でした。

しかるに今の65〜70ぐらいのご老人達はとにかく文句が多い。
味が薄い、量が足らん、見栄えがせん、飽きた。
高度経済成長を支えて来られた人々です。
壊すのも自由だと思われているのでしょうか。

数だけは多いからまた困る。
自民党や民主党を腐らせているのはこういう人達なんだなぁと
納得する次第です。

夏対策、プチうつ解消法。

しんどい、疲れた、生きててもええねやろか?とお悩みの貴兄。
あなたがどうしようもないクズで、周りから嫌われ、疎まれている。
もしくはアークトゥルスからやって来た虹色の邪神に取り憑かれ、発狂している、等。
鬱の理由はいくつかあると思われますが、その内のひとつに、
背筋の衰えがあるかも知れません。

困ったもので、人間年を重ねると、鍛えてる鍛えてないに関わらず、
筋力と云うのは衰えて行きます。なかでも背筋のそれは通常の三倍。(個人差があります。)

背筋が衰えてくると、全体のバランスが崩れ、様々な体調不良を呼んできます。
肩の筋肉に引っ張り負けると四十肩、五十肩。
腹筋に押し負けると猫背、中でもこの猫背は横隔膜を押し下げ、内蔵を圧迫して
覚えの無い下痢や食欲の減衰、毒物に対する抵抗を落としてしまいます。

気付けば肩が落ちている、下を向いている、そんな時はちょっと意識して
背筋を鍛えてみてはどうでしょうか。
それで調子が持ち直せば万々歳。

それでも周囲から「チッ!さっさとくたばれや!」「そばへ寄んな!臭ェ!」とか
罵られる様でしたら他の理由を疑ってみて下さい!

では!

プリキュアのフレッシュなところ

つぼみー。聞いてよ、すごいポエム書いちゃったッ!
どうしたんですか、えりか?そんな五線譜をひらひらさせて。
あのねぇータイトルは「翳りゆく部屋」って云うの!
えッ?
でねぇサビはこうよ!「輝きは戻らない わたしが今死んでも」
えりか!それ以上いけない!
えー、なんでよー。きっと松任谷正隆も真っ青よ、これ!
まー別な意味で真っ青でしょうけど…。
全部聞いてよ、きっとカンドーするから!最初はね
「窓辺に置いた椅子に凭れ、あなたは海を見てた」
ダメだ!放っといたらえりかは止まらない!
てい!
キュ〜。
つぼみ、えりか部長は?
さ、さぁ故郷へでも帰ったんじゃないかしら?

思いつき覚え書き記事一覧に戻る

筋道のアポロン

 

今に始まった事ではありませんが、少し人里を離れた山を
歩くとゴミが積もっているところがあります。
空き缶やペットボトルは云うに及ばず、雑誌、冷蔵庫、テレビ、
単車、古タイヤ、果ては瓦礫、自動車、ブルドーザーなど。
処分するのに費用がかかるようなものを人知れず投棄しようと
云う愚か者の所行であります。

それが見るに耐えなくて、あなたがゴミ拾いをしてると
しましょう。
あなたがせっせとゴミを片付けていると、したり顔で
古タイヤを持ってくる者が居ります。
違法投棄するつもりだったものを、ひとが居るので
まかしてしまおうとの魂胆でしょう。

どうするか。

あなたは怒る。それは筋が違う。持って帰れと。
そいつは親切をなじられた様な顔をして引き下がるでしょう。
でも後で見ると離れた所に投棄してある。

片付けようとしているあなたを見て、任せようとしただけ
そいつはましだったのかも知れません。
他の者はあなたの姿を見かけると別の場所に遺棄している。

どうすればよかったのか。
「ありがとう。そこへ置いといて。」
引き取ってしまえば取りに行かなくて済む。

若く、曲がった事が嫌いなあなたは、こんなゴミを捨てる様なクズは
皆殺しにしてしまえば、この国はもっと良くなるのに、と思うでしょう?

でもいかんせん、この人達は、山の中にゴミを捨てるのを悪い事だなどとは
微塵も思ってない。そんなことで殺されるのは理不尽に感じるでしょう。
山の中にゴミを見て不愉快に思うのがそもそもお前の勝手なのだと。

実はその通りなのです。
この話のあなたは、誰に頼まれた訳でなく、己の不快を癒したいが為に
ゴミ拾いをしている。
そして仮にこの人達を超常の業をもって、殺せたとして、
おそらく捨てにくる人間は減りはしない。
それは別の時間の年老いたあなたかもしれないのです。

おかしい、と思いますか?こんな話。
でも、わたしはこう発言する事にはためらいません。

「山の中にゴミを捨てるのはお止めなさい。」

と。

思いつき覚え書き記事一覧に戻る

逆道のアポロン

ご本人が元の日記を削除してしまわれたのでこっちに。

「坂道のアポロン」と云うジャズ風味のBL調アニメ。
その宣伝に、セッションシーンは著名なミュージシャンの運指を
トレスして臨場感をとあり、
「現実をなぞるだけのものがアニメートと云えるかッ!」とお叱り。
本旨には賛同するも、わたしはもう少し悲観的な見方を。

人間が感じるリアリティと、実際のリアルとの間には、ほんのちょっと違いがある。
アニメでは多少オーバーなくらいで丁度いい案配になる。
物理的には正しくないが、その方が人間はリアルであると感じる様だ。
印刷では人間の顔は実際よりも赤い方が健康的に見える。
逆に野菜などは実際よりも彩度を高くしている。
その方が鮮度がいいように思えるからだ。

ひとは主観を抜きにして物事を観察出来ない。きらいなものは
より醜く見えるし、好きなものはより素敵に見える。
この操作が行われないものはなんだかピントのボケた表現に思えるのだけど、
機械的な記録と比べると、その方が現実には近い様だ。

確かにレイヤーを重ねてトレースするだけでは、モーメントは起こらないだろう。
それは機械的な手順。
だったらエンハンスでもかけて輪郭を補正すればいい。
大昔には洋物のアニメでは手だけ実写合成とか、口だけ実写とか、
今見れば際ものっぽい演出もあったりしたのだ。
それからすれば今回はアニメートされたキャラクターが演奏してるから
まだ手間をかけている、とも云える。

多分件のセッションシーンもただなぞるだけには終始してないと思う。
著名な奏者の演奏を、その印象毎アニメ化しようとすれば、現実の運指から
乖離しないとおそらくその様に見えないだろう。

まぁでも「不自然に見えた」のならただトレースしただけなのかな?

この事から得られる知見は、人と云うのはイメージの中の現実を
実際の現実に重ね合わせて見ており、イメージと現実が乖離している時は
イメージの方を優先するということだ。

自分がそうは思えないからそれは間違っていると云う判断は、ともすれば
客観性から遠のいてしまう。
主観と云う眼鏡を通して物事を見ている、その上で美しさを追求するのだ。
云うなれば「仮定の上に仮定を構築」しているようなものだ。

これがいかに危険な事かを忘れてはいかん。

朋アリ、遠方ヨリ来ル。

ずいぶん辛そうな事をサラっと話してたが、その内の一つ。
仕事場に電話などかけた試しの無い下の娘が、
泣きながら電話して来たので、前後の状況から、とうとう
ヤッチマッタな、とピンときたそうだ。彼は席に戻ると、
「下の娘が泣いているからすぐに帰らないかん」と告げた。
いかんせん、彼は社長である。会議からトップが抜けると云うのだ。
最初はいつもの冗談と思った役員たちは、本気と判るとすぐ了承してくれたそうだ。
あきれてるのか、あきらめてるのかわからないが、本人は人徳と云っていた。

その昔、大友克洋さんが「AKIRA」で売り出していた頃、スタジオの事務は
その奥様が担当されていて、なんとか繋ぎを付けたかったどっかの編集部を相手に、
大友の処理能力を考えて断ろうとしていたところ、
「あんたでは話にならん。先生を出してくれ!」と怒鳴られたそうだ。
すると横で話を聞いていた大友さんは電話を取るなり、
「僕の妻を蔑ろにする様なあんたと仕事したくない!」と云って切ってしまったのだと。

当時大学生だった件の彼は、この話にいたく感動し、
「おれもこう云う大人になろう、ならないかん!」と云っていたのを思い出した。
斯く在りたいと願い、そう実践していたのだなぁ。
中身の善し悪しは別にして、彼の在り方に感銘を受けた。

問題がうまく片付くといいな。

大阪雨模様。

フォントの更新で溜まったポイントを使って、BDをまとめ買い。
お目当ての「ブルースブラザース」を見つけたので気を良くしたが、
第二候補の「大脱走」が見当たらず。
だので第三候補の「屋根の上のヴァイオリン弾き」を手に取ったら、
後はもう。「スタートレック・ヴィージャー」と「キック・アス」
「耳をすませば」と「コクリコ坂」のサントラ、劇場観に行くつもり、
だけはあった「塔の上のラプンツェル」を購入。

でも多分観る時間ない。
買ったまま積んでる漫画もあるのに…。

一度読んだ本は二度読まない。
人生短いのに、そんな無駄してられるか。

とか云う人も居られますが、そこからしたら何度も同じ映画
観てるわたしはオズの無駄遣い。

でもかつて胸焦がし、血湧き肉踊った映画は、
今観ても面白いんだよなー。

いや、だからそんなことしてる場合じゃないって。

プロメテウスの真実。

気象庁は本日未明、明日は三月三十一日になると発表しました。
これはマウナケアのキットピーク天文台の観測を受けたもので、
キットピーク天文台は去年、最も遠い銀河群が青方偏移に転じた
ことを確認していました。
これまで宇宙はビッグバンの爆圧によって、ずっと拡大を続けていましたが、
これからは収縮、ビッグクランチに向かってシュリンクして行く事を示しています。

これにより未来は既に知っている事実となり、過去は未確定なうろんなものに
なる事が予想されます。
私たち自身もこの現象の影響を受けているので、世界が反転したことを
認識出来ず、そのまま日々過ごす事になりますが、違うのはこれから起こる事を
覚えているという点です。

このことについて、美須賀大学のアブドル客員顧問は
「考えようによっては良い事だ。我々は来年の三月十一日に大地震が
起こる事を知っている。一年は備えるに十分な時間だろう」
と語っています。
賭肉大学のハザード名誉教授は
「日本の厚生省は近い将来人口が減って年金政策が破綻する事を
四十年も前から知っていた。にも拘らず何もして来なかったのだ。
一年後に地震が起こると判っていたとして、備えをするだろうか?」
と悲観的な見解を述べています。

思いつき覚え書き記事一覧に戻る

人を導く光たれ。

身も蓋もない論理的解決を提示して、なんでこんな簡単な事もわからんか!と
世を嘆く論客。
むしろなんでもっとも単純な解決を取らないかを考える方が、
作品を楽しめるし、創作の訓練にもなるだろう。
例えば、究極の兵器という問題。
防御、攻撃、何を考えるしろ、その形態は球形以外にあり得ない。
なんでこんな簡単なこともわからんか!
君が売り出し中の評論家かアマチュアならそれでもいい。
でももしメカデザイナーなら失格だ。
君は持ち込まれる究極の兵器全てを球形で押し通すのか。
企画者はデザインを求めてるのであって、宗旨は聞いていない。

余計に思える筋道が何故つくのか、その作品が何を伝えようと
しているのか、最短の解決を思いつく君なら、容易に察し得るはずだ。
その意図を理解し、もっと効果的な展開を提示すれば、
世間は君が欲して止まない賞賛を与えてくれるだろう。

ただ怒るだけの子供を卒業することを切に願う。
せっかくの宝を持ち腐れてるよ。

吉本、百年。

吉本興業が起業百周年らしい。http://www.yoshimoto.co.jp/100th/

一度梅田花月に新喜劇を観に行ったことがある。
TVなどでは再放送はまずないから、劇中アドリブが効いていると思ったネタが
実は脚本に書かれた演出である、ということを初めて知った。
劇場では同じ話を日に何度も公演していたのだ。

生まれた年に鉄腕アトムの放送が始まったわたしどもはTV世代と云われた最初の方だったのかな。
初のカラーアニメとされたジャングル大帝はモノクロで見てた。
リボンの騎士は最初からカラーで見てたように記憶してる。
TVは電気を食うからと見る時間を決められていた。
60年代の半ばにはもうTVを買っておられたのだな。
70年代にはもう視聴はフリーになってた。
TVを点ける許可を頂いていたのだ。

土曜日はその頃半ドンと云って、お昼には授業が終わっていたので、
大阪の子供は家に帰るとTVで吉本新喜劇を見ていた。
木村進、間寛平、岡八郎などがヒーローだった。
マンザイブームでお笑いがTVに広がると、
却って新喜劇は下火になってしまい、一時は終演かと云われていた様だけど、
いまはまた盛り返しているらしい。

辻本茂雄さんとか今座長なんだな…。
座員ほとんど知らん。
長らくTV見てないなぁ。